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それは詩じゃない、ただの言葉遊びだ

1 :名前はいらない:2006/04/25(火) 23:38:52 ID:Lmv/jQoc
適当に画数の多い言葉を繋げて、先人の表現手法を拝借して切ったり貼ったり。
本当は「表現」がしたいんじゃなくて「表現してる自分」に酔ってるだけだろ。
そんなもん詩でも創作でも何でもねえよ。ただの言葉遊びだろ。バカじゃねえの。

振り返ってそう思いました。これは壁か。

2 :名前はいらない:2006/04/25(火) 23:39:38 ID:PhbKU6Ed
2(^∀^)です

3 :ボルカ:2006/04/25(火) 23:47:24 ID:uUPLr87k
そのとおりだ。
そんなことよりは「自己表現」のほうがはるかに深遠なテーマだ!
と思うな。

4 :名前はいらない:2006/04/26(水) 00:01:38 ID:sQihSHbm
自己表現か…。
自分をさらけ出したいと思っているのに、反面、着飾ってみせたりする。
なんか宿題の漢字ドリルを、所々わざと間違えて写すような感じで。
表現って「こういう風に見せたい」と「理解して欲しい」の中間にあるみたいだ。
でもきっと僕の理想とする自己表現は、純粋に自己を表現するものであって
そのためには「こういう風に見せたい」という気持ちを排除しなければならない。
だから振り返って「言葉遊び」に見えたんだと思う。

5 :名前はいらない:2006/04/26(水) 00:31:50 ID:sQihSHbm
誰にも構ってもらえそうにないので独りでつぶやいてみる。

じゃあ「純粋な自己表現」という世界にはどうやったら到達出来るんだ?
そもそも純粋な自己表現なんてものに存在価値はあるのか?

そもそも自分のココロ自体、全ては親や友達、本、学校、映画、テレビなど
外部から与えられた情報を混ぜ合わせた粘土細工形なんじゃないのか?
泥をこねくり回して作られた自分が、一体どうやって純粋な自己表現をする?
不可能だよなそんなの。所詮。神になるしかない。

少なくとも、僕の概念上での「純粋な自己表現」なんてもんはありえない訳だ。

6 :名前はいらない:2006/04/26(水) 00:35:53 ID:o+OsXz4z
終了

7 :ボルカ:2006/04/26(水) 00:36:56 ID:k3fi84i3
「お題」があるってこと自体が冷めるな。

いらねーよ、お題なんか。
2ちゃんの詩はスレッドの空気読んでウケねらいすぎ。
もっとギリギリが読みたいな。


8 :名前はいらない:2006/04/26(水) 00:38:39 ID:sQihSHbm
本当の表現がしたいと思った。でも「純粋な自己表現」が出来ないとしたら
一体何を以って「本当の表現」とすればいいのか。

いつも「表現のための表現」って言葉が脳裏から離れない。
「論議のための論議」とかよく言うけれど、言葉は何であれ
当初の目的から逸脱した本末転倒な事柄を指している。

表現のための表現はしたくない。それが嫌いだ。
自分がさも感受性豊かで憂いている詩的な人間でこんなに感傷的なんだよと
まるで町内をけたたましく周回する選挙カーみたいに訴えかける表現が嫌だ。

9 :名前はいらない:2006/04/26(水) 00:41:13 ID:sQihSHbm
>>7
「お題」に沿った自己表現なんてそれこそ「表現のための表現」だな。
いかに技巧を凝らして自分が感受性豊かな人間であるかをアピールする。
それは自己表現じゃない。「言葉遊びの面白さ」なら大いにあると思うが。

10 :名前はいらない:2006/04/26(水) 00:44:28 ID:sQihSHbm
自分が自分のままで表現者となるにはまず
「表現のための表現」を越えなければならない。
これはよく分かった。

じゃあどうやって「表現のための表現」を越える?
自分をよりよいものとして見せようとする美意識は
誰でも持ち合わせるごく自然な欲求だ。
それの一切を排除しなければならないのか。

11 :名前はいらない:2006/04/26(水) 00:46:09 ID:sQihSHbm
だが美意識がなければ自己表現は産まれないんじゃないのか。
でも同時に美意識は純粋な自己表現への一歩を阻害するのか。
いかん。どつぼに嵌った。

12 :名前はいらない:2006/04/26(水) 00:57:58 ID:o+OsXz4z
はい終わり

13 :名前はいらない:2006/04/26(水) 00:58:03 ID:sQihSHbm
連続投稿規制が。

このスレを立てたのは、この板である程度詩を嗜んでる人なら
もしや必ずこの壁にぶち当たるんじゃないのかと思ったから。
かつて同じように思った人がいたら、意見を聞きたいんだよね。

14 :ボルカ:2006/04/26(水) 01:00:00 ID:k3fi84i3
リアリティだと思うな。詩人ぶるために詩を書く奴はクソだし、妻や友達にウソをついてたり、女をだましてラブホにつれこんでる奴や、生き方をひよってる奴は、自己表現の悪口を言う資格がない。俺のことにほかならないけど。

これまでずっと、そのへんあいまいにしてたけど、今年はきめてきたいな。
なんか自分がムカツクから。


15 :名前はいらない:2006/04/26(水) 01:05:14 ID:sQihSHbm
リアリティか。なるほど、一理ある気がしたよ。
美意識があったっていいし、あるのはごく自然な事だよね。
ただ、そんな自分の美意識も含め、それらのほんの僅かでも
自分の内から発せられたものがあるのか、そうじゃないのか。
これって大きな差だと思ったよ。

でも、あなたの論理に乗っ取って考えてみると
別に妻や友達に嘘吐いても、女を騙してラブホに行っても
そんな歪んだ自分を素直に歪んだものとして表現する詩なら
それはリアルを含んだ真っ直ぐな自己表現なんじゃないかな。

16 :☆星☆:2006/04/26(水) 01:09:20 ID:LFbDyt4N
リアルリアルってさ↓そもそも現実だよ、表現を欲した時は。

17 :名前はいらない:2006/04/26(水) 01:14:25 ID:sQihSHbm
>>16
ごめん、言いたい事の意味が全く分からない。

18 :ゼッケン ◆ZkkenDgUE6 :2006/04/26(水) 01:28:40 ID:zyG836tq
まっすぐな自己表現って正直ってことですか?
リアリティって私の日記のことですか?

自分と表現者って別物だと思うのです。
それを一致させようというのはその人の生き方とか信念の問題であって、あるいは
人をひきつけるテクニックとしてそういう自分を前面に押し出すやり方はあるでしょうけど、
表現とかの話ではないんじゃないかな。

1さんが言ってるのは、テクニックが未熟なへたくそな詩を読んだからではないでしょうか。

19 :宮坂純:2006/04/26(水) 01:45:42 ID:9v709pYJ
作者の中身を出すことがそんなに大事なことなのでしょうか。
もちろんそういう詩にもいいものは多くあると思います。
でもそれだけでは結局、自分(や他の誰か)と詩の登場人物や
状況を重ね合わせることでしか作品が楽しめなくなると思う。
同調することで作品を理解したり感じることって
逆に作品への冒涜になりかねない場合もあると私は思います。
読み手が詩の方に寄っていくべきところなのに
逆に読み手が自分に作品を引き寄せてしまっていると言いますか。
もちろん共感することで楽しむ、という部分がまったくないとも言えないでしょうが。

例えばすごく物語的、フィクション風に詩を作ったのに
(空想的要素に面白味がある場合ってことね)
または絵画的なものを表したくて書いたのに

「○○さんのひととなりが滲み出ていて感動しました」
とか言われても嬉しくないでしょ。
これは乱暴で極端な例かもだけど
似たようなことはまかり通ってる気がするなぁ……。

20 :☆星☆:2006/04/26(水) 01:47:22 ID:Ab+qkAey
つまりですね〜、リアリティーやらそんなことを考えていても言葉に縛られるだけってことですね(^^)

21 :名前はいらない:2006/04/26(水) 01:48:13 ID:sQihSHbm
自分も14で「リアリティなんじゃないかな」と言われて思ったんだけどさ。
とりあえず日記のリアリティは「自分」のもので、詩のリアリティは「表現者」のもの。
そもそもリアリティというものが二種類あると定義すれば、話が早いんじゃ。

リアリティのある詩ってあるじゃない。こう、その人の内面がそのまま迫ってくるような。
例え簡単な言葉で綴られたものでも、抽象的であっても、技巧とは関係なく。
それが表現のリアリティなんじゃないかなあ。

みんな「自分は表現したいから詩を書く」って思ってる訳だけど。
技巧云々がなくても、本当に何かが抑えきれずに溢れ出したものか。
それとも単に「表現」がしたくて表現したものか。

その違いが「リアルさ」に表れるんじゃないかな。
うーん、何て言っていいかよく分からないんだけどさ。
一文読んだだけでぐっと迫ってくる詩と、全文読んでも全く迫ってこない詩の違い。
すごく感傷的な言葉で描かれていても、何も感じない詩だってあるじゃない。

22 :名前はいらない:2006/04/26(水) 01:55:27 ID:5vcx6CR7
多分な〜
必要なんは「技巧」と「客観視」やと思うよ〜

「このメシは美味いから喰え」
こう思ってる間は自己撞着でしか無くて〜

「このメシを美味く喰わせるにはどーすりゃ良いか」
その視点を持てた時から始まるんだろ〜ね〜

23 :名前はいらない:2006/04/26(水) 01:56:11 ID:sQihSHbm
>>19
うーん。中身をそのまま直接的に曝け出すってだけじゃなくてもさ。
別に今思ってる事とか感じた事とかそういうのだけが詩になる訳じゃないじゃん。
何となく描いている感覚がいつの間にか抑えきれない位に膨れ上がって
言葉にしなければいけない、って思って詩をしたためたりもするよね。
そういうのも「中身を出す」って言えるんじゃないかな。

確かに、表現として存在する物のはずなのに
そこに生臭い共感なんか混ぜられたら苛立ちも覚えるだろうけど。
そもそも別の物だと思うしね。でも、例えフィクション風な詩だとしても
そこには確実にその人の世界という「中身」があると思うんだ。

>>20
言葉に縛られないようじゃ詩なんて書ける訳ないと自分は思うよ。
そもそもあなたは文章で自分を表現する煩雑さから逃げ出すために散文を創ってるの?

24 :名前はいらない:2006/04/26(水) 02:02:03 ID:sQihSHbm
>>22
あー。その例え、すごく分かりやすかった。
僕の文章みたくまどろっこしい説明じゃないのに
すんなり頭に入って来たよ。凄いなあ。

理解して欲しいからより読み手に向かって歩んでいく。
どうすれば、より読み手の心に鮮明に自分の心を発現させるか。
そのための装置が「詩」における「言葉」だって事かな。
多分19の人も文中で言っている事だね。

25 :☆星☆:2006/04/26(水) 02:31:31 ID:Ab+qkAey
『言葉に縛られる』というのは、詩人に限らず言葉(しかし、ここでは文字とするべきか)をもつ全ての人間の普遍的事実です。そして、貴方の言った「言葉に縛られないようじゃ詩なんて書けない」の『よう』という表現は、大きな勘違いです。
生まれた瞬間に私も貴方もすでに言葉には縛られていたのですから。


26 :名前はいらない:2006/04/26(水) 02:33:29 ID:sQihSHbm
言葉遊びがしたいわけじゃないんだってば。

27 :名前はいらない:2006/04/26(水) 02:43:41 ID:Xdc6gUrK
>>22
それはコピーライティングだったりカウンセリングだったり呪術なんかの方法論じゃねいの?

28 :☆星☆:2006/04/26(水) 03:09:59 ID:Ab+qkAey
言葉遊びと詩を区別しているあなたは、言葉遊びを否定して、つまり詩はそうじゃ『ない』と言っている。

29 :万華鏡倉庫:2006/04/26(水) 03:15:07 ID:3dwo9rKn
詩は言葉が書いてくれます。
自分でどうこうする余地は、ほとんどありません。

30 :ゼッケン ◆ZkkenDgUE6 :2006/04/26(水) 03:15:15 ID:zyG836tq
>>24
22も19の人もそんなこと言ってないと思いますよ。

理解して欲しいからとか自分の心を発言させるためにとか、
そういうふうに自分を優先させるから壁に当たるんだと言っているんじゃないでしょうか。


31 :☆星☆:2006/04/26(水) 03:17:32 ID:Ab+qkAey
つまり、『詩』を定義していない。なのに『詩』と『言葉遊び』を優劣という関係を成しているかのようにでっちあげて、茶番です。

32 :名前はいらない:2006/04/26(水) 03:29:12 ID:sQihSHbm
>>30
なるほど。でも詩って自分が生み出すものだよね。
自分を優先させなかったらそれこそ商業主義の歌と一緒になっちゃわないか?
ってこりゃ極論かな。よく理解できてないみたいだ。


>>31
お前バカ?一人だけ論点ズレてんだけど。
お前の言葉の定義なんかこれっぽっちも興味ねえ。
まぁいいや苛々するからお前の脱線に付き合ってやるよ。

「詩」と「言葉遊び」の優劣だ?
自分で「言葉遊び」が「詩」と化してると思ったから自己批判したんだが。
じゃあお前オレンジジュースだって言われてメッコール渡されたらどう思うんだ?
誰も普遍的な優劣の価値基準なんか言ってねーよ。勝手に風呂敷広げんな。

そもそも最初に「言葉に縛られてる」って言ったのお前だろ?
リアリティやら何やら考えるから言葉に縛られるんだろ?

お前の言ってる事、全然一貫してねえよ。受け答えにすらなってねえ。
言葉の節々突付いて自分の勝手な定義押し付けて俯瞰した気になってるだけ。
そもそも誰も生まれた瞬間言葉に縛られてるかどうかなんて話してねーし。

どうせそうやって絶えず自分の逃げ道作っていたいから
適当に言葉散らして歩み寄ってくれる人間を乞う創作気取りしてんだろ?
いいからさっさと寝ろメンヘル。二度とこのスレ来んな。
んで朝になったらすぐ精神科行ってデバス貰ってこいよ。馬鹿。

33 :名前はいらない:2006/04/26(水) 03:30:31 ID:sQihSHbm
ついカッとなってやってしまった。

34 :ゼッケン ◆ZkkenDgUE6 :2006/04/26(水) 04:12:48 ID:zyG836tq
>>32
ええ、そこらへんがデリケートなところだと思います。
自分を優先させないのなら何を優先させるのか、という話になるんじゃなくて
自分を殺さずに読み手の心も生かすっていうか。
自分も言葉も溶け合っていくような。

抽象的ですね。私も分かってないからでしょう。

35 :19=宮坂:2006/04/26(水) 04:14:14 ID:9v709pYJ
>>30 ゼッケン氏のレス通り
>>24 のレスは私の考えとは違います。

非常に乱暴なのであまり言いたくありませんが端的に言えば下記のような感じ。
【書き手】
「相手に自分を伝える」ことに重きを置きすぎた作品からは
「共感してよ〜ねぇしてよぅ」というオーラばかりが漂うようになり、読み手を引かせてしまう。

【読み手】
同調や共感ばかりによって詩を読むことは
「好意」という方向にむかってテンションを上げて作品を読み、理解した気になっているだけ。
書き手を不快にさせることすらあるだろう。
と、いうことです。

36 :名前はいらない:2006/04/26(水) 04:19:02 ID:sQihSHbm
苛々してよく考えられなくなってたみたいだ。
読み返してみたら>>19>>22の言いたい事が全然別なのも分かった。
訂正して返事するね。それでも間違ってたらマジごめん。

>>19
読み手が勝手に人格になぞらえた解釈をする事について言ってる事、理解出来た。
人格になぞらえたものと創作物とは全く違った次元の物だってのはすごく同意だな。

>>22
客観視ってのは別の言い方すれば「読み手の側に立った視点」って事か。
そのための技巧も「より消化しやすくするため」に使うって事かな。
自己表現を難解に見せるための技巧じゃなくて、相手により美味しく届けるための技巧なら
凝らしても本末転倒にはならないな、と思った。

37 :宮坂純:2006/04/26(水) 04:27:04 ID:9v709pYJ
正直>>1さんがどんな詩をお書きになるのか知らないのでなんなんですが
今までの流れとはちょっと違うことを書こうと思います。

いささか唐突ですがクラシック音楽の話。
私が説明しやすいからクラシックにしただけで
便宜上、なんで細かいところは気にしないで下さいな。

バッハとかモーツァルトの時代、音楽は音楽でしかなかった。
ちょい後のベートーヴェンは音楽に思想や哲学を入れ始めた人。
その辺の流れから、音楽に二義的な意味合いが付けられるような場合が多く出てきて
具体的な事象・人物・物語等を音楽で表そうとする作品が増えてくる。(続く)

38 :名前はいらない:2006/04/26(水) 04:27:20 ID:sQihSHbm
うわあ超考えて返事書いてたら新着見てなかった。

>>34
上で書いたけど、それってもしかしたら
「相手に届けるための技巧」をうまく使えば実現するんじゃないか?
「相手により美味しく味わってもらえるように」「自分の作ったメシを食わす」
で、ふたつもしかしたら両立するのではないか。と思った。

よくよく考えたら、至極当たり前の事だな。でも重要だし結構難しい。

>>35
22の人の例えで言えば
書き手側のは「美味しく味わってもらう」って事だけを見る危険さを言っていて
読み手側のは>>36の解釈で合ってる、かな。

読み手側の視点は書き手にはどう頑張ってもほぼ弄れないと思うから
書き手側で出来る事を頑張らないといけないな。

39 :宮坂純:2006/04/26(水) 04:35:36 ID:9v709pYJ
(続き)それに並行して技巧や理論が、(物理的な時間の経過も手伝って)進む。
結果、19世紀の終わり頃(マーラー・Rシュトラウスあたり)には
爛熟、飽和し、行き詰まってくる。
で、ちょいちょい飛ぶけど近現代。完全な記号・理論によって音楽を作ったり
舞台で料理したり、無音も音楽だと言ったり
クラクションやヘリの音を使ったりと、試行錯誤が続く。(続く)

40 :名前はいらない:2006/04/26(水) 04:36:58 ID:sQihSHbm
期待待ちしてます。

41 :宮坂純:2006/04/26(水) 04:42:09 ID:9v709pYJ
(続き。ここまででうんざりしてたら読まなくてもよいです。長すぎるな)

既成のものにとらわれてたまるか、ぶち壊すぜ!
ってな心意気は感じるし、心意気のみで作曲するわけでもないし
感覚として言っても、私も現代音楽は好きです。
でもやはり、バッハ・モーツァルトなどの古典的な表現方法を軽んじながら
現代曲ばかりを聴くのは愚かだと思うし
人の自然な感覚が受け入れるのは基本的に
爛熟しきる以前の音楽だと思います。(まだ続く、すみません)

42 :名前はいらない:2006/04/26(水) 04:43:23 ID:sQihSHbm
(いやワクテカで待ってるから!)

43 :宮坂純:2006/04/26(水) 04:49:09 ID:9v709pYJ
(はぁ、続き、ごめん)

奇抜なやり方で風穴あけるのは簡単かもしれないが
穴をあけた後、さてどうしましょって事ですね。
音楽でさえそう。

詩ははじめっから言葉。言葉には意味がつきまとう。
そんな「詩」というものを
奇抜な行為によって完全に既成の範囲から脱却させるなんてことは
すごーく難しいと思う……。
てか、脱却させられたかどうかなんて
生きてるうちに確認できないんじゃ?と思います。
終わり。
>>1さんに何か問いただしてるんじゃなく
このスレに関連性のあることを書いたつもり。
長々駄文を失礼いたしました。ゆるして

44 :☆星☆:2006/04/26(水) 04:49:55 ID:goXHtqJp
あらま。冷静な論議のつもりでしたが、御立腹させて誠に申しわけございません。

第一に、私の言葉の定義などしていません。25の記事のことを言っていらっしゃるのであれば、
その内容については文部科学省のほうに抗議していただいた方がより適切だと思います。

『詩』と『言葉遊び』の優劣について

何方かが「言葉遊びがしたいんじゃないの」と発言。
つまり、『詩』と『言葉遊び』が違うものであるということがわかります。
そこで、議論の主題ともいえる〔スレタイ〕の内容から読み取れることも、作品・芸術作品としての両者間の優劣です。

それと、〔誰も普遍的な優劣の価値基準なんか言ってねーよ〕について
私もそんなこと言っていません。私の述べたこと二つのことが、貴方の頭の中で
ごちゃまぜになっているようです。私の文章力のなさでしょう。


生まれた瞬間に言葉に縛られている発言について

{言葉に縛られないようじゃ詩なんて書ける訳ないと自分は思うよ。}
とおしゃったので、それに受け答えしたのみです。


{どうせそうやって絶えず自分の逃げ道作っていたいから
適当に言葉散らして歩み寄ってくれる人間を乞う創作気取りしてんだろ? }

そのようなことを言われても私は憤慨しません。私は人には恵まれていますので気になさらずに。
だから、『ついカッとなってやってしまった。』
と貴方が悔やむ必要はまったくありません。

あなたの気持ちを害させたこと、心からお詫び申し上げます。
これを最後としますので、ご安心ください。では。


45 :名前はいらない:2006/04/26(水) 04:55:15 ID:sQihSHbm
いや、すごくためになったよ。
カウンターカルチャーって奴かな。大学の講義で習った。

奇抜な行為で既成概念を脱却させようとする行動はあくまで
既成の様式という土台があるからこそ意味を成す建造物であって
それ単独では意味を成さない、少なくともそれが「奇抜」である現時点では。
もしそれが「既成」からの「奇抜」より更に進化し、新たな「既成」と成り代わるには
長い年月を必要とするだろうから、少なくとも今ここでキーボードを鳴らしてる僕らに
それを確認する事は出来ないかも知れない事だなあ、って話かな。

46 :名前はいらない:2006/04/26(水) 04:58:25 ID:sQihSHbm
>>44
君は根本的に救い様のない勘違いしてるようなのでもう何も言わないよ。
僕の知らない世界で勝手に生きて勝手に死んで下さい。永遠にさようなら。

47 :宮坂純:2006/04/26(水) 05:01:10 ID:9v709pYJ
>>45 そうっス!
まあ私などは「奇抜な行為」自体なかなかできないし
詩なのか、言葉遊びなのかの判断もできないし
ギロンしてる割りに作品200もないし、ようするにダメダメなんですがね。
お付き合い頂きありがとうございました。

48 :☆星☆:2006/04/26(水) 05:05:14 ID:goXHtqJp
わかりました♪これぐらいの受け答えはできますので、
最後ぐらいはと思いレスしました!!

では♪

49 :名前はいらない:2006/04/26(水) 05:06:35 ID:sQihSHbm
>>47
よっしゃー読解合ってた。試験に合かった気分だ。

自分は文筆で飯食う事を目指してるだけのしがないフリーターです。
文筆の一環として詩のテイストを吸収したいなと思ってこの世界に足を踏み入れました。
確かに「奇抜な行為」自体、なかなか出来るもんじゃない。
他者へと理解を求めると、その時点でどうしても既存の様式に縛られてしまうっていうか。

ちなみにこのスレ、決して誰か第三者を攻撃したくて立てた訳じゃなくて
本当に自分の壁を感じたから意見を乞うために立てたんだけどな。
どうにも突っかかってくる方がいる。でも色んな意見が聞けてためになるよ。

50 :長楽:2006/04/26(水) 06:20:01 ID:qSdZoX+T
色んなタイプの詩人が居ていいじゃないか。

と結論を先に書いて、あとは余談だが、、、

俺は他の奴の作品なんて読む気もしなけりゃ、
褒められる詩を書きたいと思うこともない。
素晴らしい詩を読んで、嫉妬する事はあるが、
それだって、その詩にではなくそれを書いた奴にだ。

なぜなら、俺の詩は文字と云う装飾で
俺自身を良く魅せる為の道具でしかない。
だから詩を褒められようが、貶められようが、
はっきり言ってどうでもいいし。
その道具の形態が言葉遊びだろうが、
詩と呼ばれるものだろうがどうでもいい。

俺の書いた詩が100褒められるより、
それを読んで一人でも俺の事を好きになってくれるほうが良い。
まぁ嫌いな詩を書く人より、好きな詩を書く人を好むのは当たり前なわけで、

俺が良い詩という物を求める理由はそれ以外には何も無い。
もちろん詩を書き続ける理由も。


愛されたいが故に詩を書くなんて、究極の詩人だと思わないか、
つまり、俺は詩人だ、そして詩人の俺が発する言葉全て、詩だ。

51 :うたた寝死人 ◆utatasFSi. :2006/04/26(水) 14:11:12 ID:DmW/3jmw
詩は言葉遊びを超えるのだろうか。

本屋に生息する詩本は最早レッドデータブックの筆頭だ。
人が詩を忘れたのは、
裾野がこんなにも狭く、特殊化したのは、
”詩人”が詩を神格化しようとしたからではないだろうか。
自己の体の外においてまで。

自己満足の言葉遊びの内に、他人の心にも波紋する言葉遊びが突然変異で生じるのなら
それで充分

                 スレが接がれ接がれでコウ育っても>50-51のような差し水があるのは
                 スレタイと>1の文章の所為というか賜物。

52 :ゼッケン ◆ZKKEnLZjOY :2006/04/26(水) 14:58:32 ID:0tLKvLCZ
昔なら詩人と呼ばれるようになったであろう人たちは
この時代には映像作家になってるようです。

イメージを直接扱える手段が発達してますから。

人は詩そのものを忘れてはいないと思います。
詩に言葉を用いる必要性が薄れたために
活字媒体で詩を見かける機会が減っただけではないでしょうか。

映画とか漫画とか見てると、むしろ詩は溢れてるような気がする。

53 :名前はいらない:2006/04/28(金) 02:24:10 ID:ZCaY1xDX
で、
この辺でもう一度、スレタイを読み直し、
1の定義した前提条件である

「言葉遊びより詩の方が高次元の表現方法だ」

ってのが本当かを検証しとこうか。

54 :22:2006/04/28(金) 02:42:10 ID:/m0gXZW9
“詩”と“言葉遊び”に境界線が有るとしたら
それは「内的な動機」では無いか、と。

「俺の料理を味わえ!!」とムキになるのが詩。
手近な材料で手慰みに作ってみました、てーのが言葉遊び。

で、どっちのが美味しいか?と言えば
それは食べた人の好み、だね。
作り手の思いいれや動機は一切勘案されない。

55 :長楽:2006/04/28(金) 05:24:34 ID:NDYIW9LB
>>54
だね。

・「詩的な言葉遊び」
・「言葉遊び的な詩」
これらが両方とも成り立つ事から、
詩と言葉遊びは関連するものだが同一ではないと言える。


・「キムチ味のカレー」
・「カレー味のキムチ」
これならキムチとカレーは料理とカテゴライズされるものだが
同一ではないと一目で分かる。

カレーとキムチどっちがおいしいかなんて食べる人次第。
それがカレー味のキムチなのか、キムチ味のカレーなのかなんて、
作っておいて悩んでる料理人は馬鹿だろw

56 : ◆YAPoo/LC/g :2006/04/29(土) 05:13:16 ID:Z2VPtPy0
スゲームズいデスの〜

詩ってさ〜いろんな場所に触媒に広がってる感じ〜
増殖してんのかもー

言葉遊びは、ぼくみたいのですかね
落書き大好き〜

んー眠れないよ〜

57 :うたた寝死人 ◆utatasFSi. :2006/04/29(土) 13:48:38 ID:htlq+y/W
微妙に戻してしまうんでスルーで宜しゅうに。

>>52
 あまりしっくりと受け入れられなかったので、
 実際に少し触れてきました。
 あれらの表現方法も詩の一形態とするのであれば、
 成る程確かに、
 詩、というか精神というか、そういったものは元気良く息づいてました。
 少しびっくり、少しニンマリ。

58 :ボルカ:2006/04/30(日) 11:39:41 ID:1iBkAXtP
映画の話ですが、「誰も知らない」が良かったですよ!
あれはなんだか詩だと思ったな。

いや、ホントは詩でも絵でもなく映画なんですが。
この映画では、パンフレットの巻頭に谷川俊太郎がこの映画のために書き下ろした
詩を寄稿しているのですが、すごくなじんでいるようにかんじました。地続きと言うか。

59 :ゼッケン ◆ZKKEnLZjOY :2006/05/04(木) 14:56:39 ID:zUUNwUrj
「誰も知らない」。去年、モントリオールの日本映画祭みたいなので見ました。
あと「茶の味」と「サバイブスタイル5+」を見た。
なんつーか、つくってるこの感覚は詩だと思った。
そしてこれが日本人の詩の感覚なんだなと思ったことですよ。
それが英語やら仏語を喋る人たちに受けてる光景もまた素敵でした。

詩の感覚そのものは元気だということで。

60 :呼ばれた気がした :2006/07/15(土) 22:46:20 ID:3OQqEy8U
文章で情景を捉える詩という表現世界において
現象を映像化する映画という表現世界を比喩対象として置いても良いのか分かりませんが
「誰も知らない」が詩的だというのは凄く賛同できます。
というより、詩も映画も同じく人間の感情の蟠りみたいなものが
精神の抑圧から解き放たれたいと強く外へと流れていく力なのではないかと思うのです。
詩や映画などの創作活動は感情パワーではないかと
勿論、それが詩や映画の全てであると断言する訳でも無いですけどね
作り手の感情が作品に強く作用している事は確かな事だと思いますよ

私的には詩=言葉遊び なので、>>1氏の葛藤からは関係ない話になってしまいましたが
そういうものであって欲しいなと思うのです。時々

61 :名前はいらない:2006/07/16(日) 23:02:15 ID:vJSFXHO2
自己表現とはいったい何なのか。その本質は絶対に解けない謎のようなもの。
それを探すことが自己表現である。

つまり思考の中で堂々巡りを繰り返すことが自己表現なんじゃないだろうか。

そもそも表現というもの自体が自己満足に過ぎない。
作る側は「自分の考えを具体化したい」ために自己満足で表現を作り出す。
見る側は「自分の考えに同調するものを知りたい」という考えから自己満足で
表現を探す。
自己満足ですべてが形成されているものに「理由」を求めることも自己満足である
とは言えないだろうか。

62 :名前はいらない:2006/07/17(月) 01:03:55 ID:/8lUcqkl
独り言の延長=詩


63 :呼ばれた気がした:2006/07/17(月) 18:38:10 ID:E/VSdSRf
如何にカッコイイスタイルを見せ付けてメスを口説き落とし
夜の街のピンク色コンクリートに押し込んで腰を振れるだろうか?
その手段を模索するのが自己表現の在り方だと思います。

64 :万華鏡倉庫 ◆8zHol6NAOo :2006/08/02(水) 23:15:55 ID:x3Qhh1SP
あばら家のあばらが折れる

65 :万華鏡倉庫 ◆8zHol6NAOo :2006/08/04(金) 00:44:36 ID:pECJCnb2
ウルトラ一族の「世間体」のありかたについてのアンケートを実施する

66 : ◆lXZBPVO3GQ :2006/08/08(火) 00:12:06 ID:Prppd9d9
どうやったら皆こんな難しそうな文章を長々と綴れるのか?

67 :万華鏡倉庫 ◆8zHol6NAOo :2006/08/12(土) 05:36:50 ID:ky6HtySK
蒼白の、微睡む王の彫刻の輪郭を相続する

68 :万華鏡倉庫 ◆8zHol6NAOo :2006/08/21(月) 11:02:50 ID:Z98qDhjZ
ありとあらゆるもの以外のもの

69 :名前はいらない:2006/08/29(火) 08:52:21 ID:xOMrV8bt
おしりからでたものたち

70 :万華鏡倉庫 ◆8zHol6NAOo :2006/08/30(水) 09:33:17 ID:83aEJ0f9
言葉の手を言葉で握る

71 :万華鏡倉庫 ◆8zHol6NAOo :2006/09/01(金) 06:37:01 ID:dhrUyXdM
草葉の陰に残存する呪文を採取する

72 :万華鏡倉庫 ◆8zHol6NAOo :2006/09/06(水) 15:48:01 ID:FvybfmVp
言葉が
遊んでいるのを
ベランダに凭れて
眺める

歓声があがる
とりどりの色と大きさの文字で


73 :ルルアンタ ◆Gv599Z9CwU :2006/09/09(土) 04:05:18 ID:kErETLjM
さっき見過ごしたのが
ずっとさがしていた道だ
道はわたしをさがしてないから
見過ごしたのだ
道の乳で育ったのに

74 :名前はいらない:2006/09/17(日) 10:17:47 ID:u5oWMXXh
そもそも表現とは自己満足の延長なんじゃないかな・・・。
まず自分がやりたいと思わなければその道に足を踏み入れることもないわけだし。
表現をもって何を得ようとするかは人それぞれだけど・・・結局、自分が何かを得るためにやっているわけでしょ?

それがたまたま他人の共感を得たときに少し幅が広がるだけの話だと思うよ。
売れようとか万人受けすることを狙ってたら自己表現なんてできないと思うんだけど・・・。

75 :名前はいらない:2006/09/17(日) 10:28:30 ID:/m3k0ysJ
あいつはおれにくしゃみを吐きかけた

死ねといい放った


76 :名前はいらない:2006/09/17(日) 10:43:20 ID:kolrHOxc
あんなに屈辱的だったのははじめてだった

77 :名前はいらない:2006/09/17(日) 19:53:30 ID:PrkBth8g
語彙を増やせ
という指摘は、まぁ文芸板にもこの板にも多いけど
普段いっぺんも使った事がない
誰も読めない=辞書もひけない様な言葉を、無理に使えって事ではないよね。
逆にバカっぽい。
安易に、死、とかそれだけでドラマのある様な言葉を使うのは、どうかと思うけど。

78 :名前はいらない:2006/09/17(日) 23:13:21 ID:u5oWMXXh
それは同感だな。
それだけで意味を持つ「死」や「道」という言葉を異様に大量に使った詩を
見たことがあるけれど・・・はっきり言ってその言葉だけに頼りすぎている感じがした。

安易に言葉というものを多用しないで欲しい気がしたのは確か。


79 :万華鏡倉庫 ◆8zHol6NAOo :2006/10/18(水) 17:34:23 ID:vY6tK0Em
書かれようとし
なおかつ読まれまいとする言葉が
語彙の海を深層でどよもす

80 :放牧用紙48 ◆5jmHQb3UhA :2006/10/19(木) 17:09:34 ID:nJKwZxDw
水疱性熱傷建築二丁目

81 :名前はいらない:2006/10/31(火) 22:17:01 ID:AzJ7eRkC
実施中

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