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【三人称】神視点と一元視点で、神視点が分からない

1 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/01(月) 23:44:50
>三人称形式小説には、いわゆる「神の視点」と一元視点がある。一元視点とは
>ある特定の登場人物の視点から描写した、つまり一元的描写。
>日本の文学作品には一人称とこの三人称一元描写の作品が多い。
>「神の視点」とは、作中のどの人物の視点からも描くことができる多元的描写。

神視点というのが分からない。
例えばそのシーンに存在する人物が3人いたら、3人の視点のどれで書いても、
途中で切り替えてもいいということ? 何?

2 ::2007/01/01(月) 23:45:42
神視点の例をあげて教えてください。短くていいので。

3 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/01(月) 23:46:45
質問すれにいけ

4 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/01(月) 23:52:09
アフターダークはかなり神に近い存在の視点から書かれていたよ。
一人称の代表選手春樹にしてはよく頑張った。

5 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/01(月) 23:56:07
短編の神視点はすぐには思い付かない。複数の人物を多元的に
表現するのだから、どうしても長編向きになるのかな。
長編では、例えばトルストイ「戦争と平和」、三島「豊饒の海」
等を読むがよろし。

6 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 00:01:51
思い出したけど、カフカの「変身」は神視点だよ。
最初は主人公ザムザの視点が主なんだけど、
終わりの方ではザムザ死んじゃうけど家族の未来の展望が描かれてたし。
これは短編だよね。あ、でも日本文学じゃなかった・・・。

7 ::2007/01/02(火) 00:41:06
何が分からないかのポイントがいっぱいありすぎて分からない…。

例えば登場人物が3人(A氏、B氏、C氏)いて、AとBだけのシーンをA視点で描いて、その後で
AとCのシーンがあれば、流れとしてA視点で書くか、もしくはC視点に切り替えてもいいだろうし、
AがいないBとCだけのシーンなら、当然B視点かC視点で書くのだろうけど、

分からないのは、そういうのを神視点と言うのか、それともBとCしかいないシーンなのにA視点で
書くことを言うのか、はたまたAでもBでもCでもないナレーターの視点で書くのか、つまり
ナレーター=作者=神なのか、それともB視点で書いているシーンなのに、Bが知りえない事実を書いちゃうことなのか…。

Bが語り手だなと読者に思わせて読ませるシーンで、Bが知らないはずのことを書いたら不自然だけど
不自然なら当然、推敲のときに無意識的に書き直してるだろうし、神って誰なのかが分からない。
カフカの例だと、A視点で書いてたのに途中でAがいないシーンになったとき、A以外の視点で切り替えることを
神視点というのか…。何だか、何が分からないのか分からない。

8 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 01:00:31
>それともBとCしかいないシーンなのにA視点で書くことを言うのか
これは無理だろう
>それともB視点で書いているシーンなのに、Bが知りえない事実を書いちゃうことなのか…。
これが神視点だろう。

9 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 01:48:44
>>8
いや、その2つの例では、むしろ上の方が神視点だと思う。
要するに語り手が誰かということがポイントで、登場人物に
語り手を任せたら、それはもう神視点にはなり得ない。
登場人物達の心理や行動はすべてお見通しで、鳥瞰的に、自在に
表現するのが神視点とすれば、結局、語り手=作者という了解が
読者との間に成り立っているのかも知れない。
下のやつは、単なる視点の揺れで、避けるべきではなかろうか。

10 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 01:51:32
972 名前: 名無し物書き@推敲中? [sage] 投稿日: 2007/01/01(月) 23:46:06
神視点の三人称でも普通に(日本語に)翻訳されているから、技術的に困難とはならないのでは?

11 ::2007/01/02(火) 02:24:36
みなさん、ありがとうございます。

もしかしたら、こういうことでしょうか?
1)一人称で書いた小説は、ワープロの一括変換で三人称にすぐ書き換えられる(私→A氏など)。
 でもそれは視点が固定されているので、一元視点の三人称。
2)>>1で引用してるように、日本では一人称か一元視点の三人称が多いというのは、つまり
 日本の文学界は一人称中心でやってきたので、その影響というか、物語を書く人はまず一人称で
 書き始めることが多く、それに慣れた後で三人称を書いてみようと思うと、自然に視点固定になる。
3)でも最初から三人称で書き始めた人の書く物語は、作者=ナレーター役になりがちで、神視点になる。

自分は3)だった。神視点って何なのか分からなかったけど、自分が書いてるのをチェックしたら
自分が書いてるのが神視点だった(多分…)。でもそうなると…

【新たな疑問】
一人称小説と視点固定の三人称小説は構造上、ほぼ同じもの??

視点固定の三人称小説で間接自由話法使いまくったら、読み手の感じ方は一人称小説読んでるのと同じ感覚に
なりそうだけど、でも見た目が三人称なので(作者サイドとしては)つい視点の固定を忘れ、ときどき神視点が
混ざってしまい、そういう場合は作者のミスなので、視点の固定がブレてると怒られる(!?)。
それなら視点固定の三人称とかやめて、一人称か、神視点の三人称かのどっちかにすればいいのにと思うけど、
そう思うのは、どこか間違ってますでしょうか…

12 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 02:50:49
A→ほぼ同じだと思う。ただ
一元視点って「主人公の主観の視点」のみで書いてくってことか?
三人称で書く場合、「主人公の主観」(例:太郎は顔が熱くなるのを感じた)と
「客観的な描写」(例:太郎の顔は紅潮した)をTPOに応じて使いわけるのは不可?
視点は「主観」か「客観」のどちらかに全て統一しなくてはならんの?


13 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 02:56:19
チャーリーは静かにいった。
「俺って駄目人間だよな――」
もちろん、彼自信そう確信している。
言葉は、少しして掻き消えた、余韻も残さず。
ジェニファーは、チャーリーに答えずそっぽを向く。
(くだらないことを言ってるわ――)
ジェニファーにとって、何故自分がこんなに腹立たしいのか、
それをうまく分析することはできない。




みたいな……? 神視点って。

14 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 03:00:33
ってことでしょ。翻訳モノなら結構ふつうにある。
だけど日本の作家では少ない書き方。
あえてこの書き方えらんでても「こいつは小説の基礎も知らねえのか」と
思う人は意外に多そう。
小説の教則本でも、神視点を禁止してる(認めてない)ものはたくさんあるし。

15 ::2007/01/02(火) 03:26:29
>>12
統一しなくてもいいのが神視点でしょうか…。自分はどっちかに統一するとか、考えたことなかった。

>>13
自分が書いてるのはそういうのだと思うけど、でも(くだらないことを〜)の()を外すのが間接自由話法ですよね?
自分が間接自由話法を使うときは、このシーンではA氏だけに使うとか、一行開けて次のシーン(A氏がいなくなることも)
に変わったらC氏だけに使うとか、それは決めてるので、それだと視点固定になるのかどうか…。
もちろん(くだらないこと〜)の部分が、ジェニファーは自分の頬が赤らみそうな感覚を感じた、という表現でもダメだけど
それはやってるので、それだとやっぱり神視点か…。

>>14
そんな気はしてたので、それでちゃんと勉強しとこうと思ったけど、危険ってことか…。

16 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 05:01:54
近代小説における三人称神視点がどういう風に発生したのか、
その背後にある文化とかイデオロギーとか宗教はなんなのかとか、
それに対して日本の明治時代の作家がどう格闘して、
何故一人称の私小説が日本語で書かれる小説の正等になったのかとか、
単純な一人称三人称とかのレベルで考えるんじゃなく、
その辺の歴史をきちんと調べた方がいいと思うよ。

17 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 05:03:00
近代小説における三人称神視点がどういう風に発生したのか、
その背後にある文化とかイデオロギーとか宗教はなんなのかとか、
それに対して日本の明治時代の作家がどう格闘して、
何故一人称の私小説が日本語で書かれる小説の正等になったのかとか、
単純な一人称三人称とかのレベルで考えるんじゃなく、
その辺の歴史をきちんと調べた方がいいと思うよ。

18 ::2007/01/02(火) 05:37:55
>>16
良かったら、そういうことを教えてください。

19 ::2007/01/02(火) 07:12:23
>>13の例を、段落(的なもの)を明確に変えてみるとどうだろうか。

 チャーリーは「俺って駄目人間だよな――」 と、静かに言った。もちろん、彼自信そう確信している。言葉は、少しして掻き消えた、余韻も残さず。
 しかしジェニファーは、チャーリーの言葉に答えずそっぽを向いた。くだらないことを言ってるわ――と。ジェニファーにとって、何故自分がこんな
に腹立たしいのか、それをうまく分析することはできなかった。

翻訳とかで英語と日本語の特色の違いがあるのか知らないけど、これなら
『怪獣が攻めてきた。でもAは逃げなかった。Bも逃げなかった。Cも逃げなかった。
Aは夢だと思ったからで、Bはドッキリだと思ったからで、Cは良い怪獣だと判断したからだ』みたな感じに読める。

20 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 09:32:42
三人称は客観的事実のみで、神視点はそれぞれの心情まで書ける、とかそんなふうに考えていました。

21 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 11:10:03
神視点上等。それでしか書く気ねえよ。
こちとらガキのころから本の害虫だ。
文章に対する絶対音感みたいなものがある奴は、人称で迷うことなんざねえ。
ようは勘。結局のところ直感でしょ。

22 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 11:59:32
泣かせたいなら一人称が最強だ。

23 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 14:39:34
確かにそうだけど、クソ小説にもなる可能性もある。
諸刃の剣というか。

24 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 16:43:11
漫画は神視点。
映画は三人称。
小説は神でも三人でも自由。
しかも他メディアには無い視点の問題が。

25 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 18:44:29
デタラメ書く奴が多いなぁ

26 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 18:51:44
たまには、二人称も思い出してあげてください

27 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 19:01:52
三人称一元視点

太郎はずいぶん前にババを次郎にわたした。
そろそろ自分のところに返ってきてもおかしくはない。
太郎は一座を見わたした。誰がババを持っているのだろう? 
父は札の一枚をことさらに突き立てて、はやく引けとばかりに太郎をうながしてくる。
太郎はますます迷った


三人称神視点

太郎は父からどの札を引こうかと迷っていた。
父はババを持っていなかったが、太郎がとまどうのが面白いので
わざとなんでもないスペードの7を、広げた持ち札から突き立てていた。
母はババを持っており、どうやって父に引かせたものかと今から思案していた。
まだ幼い次郎は、自分の持ち札を真剣に見つめるあまり、それがみんなから
丸見えになっていることに気づいていなかった


28 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 19:20:06
蟹視点
 うほっ。あそこに美味そうな餌がある!

29 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 19:27:42
蟹のみぞ知る→蟹のみそしる→蟹のミソ汁
 ぷっ。

30 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 21:24:56
主人公のせかなかに、「バカ」って張り紙が張ってあったとき。

(なんでみんな俺の事を見て笑うんだろう?)
 って思うのが一人称。

 ○○の背中に張られた「馬鹿」と書かれた紙を見て、周囲の人々は笑っていた。
 しかし○○はその理由に気付かず云々

 ってのが神視点。

「でっかい生き物がいる。捕まっちゃったら食べられちゃう。早く逃げなきゃ」
 が蟹視点。

31 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 21:37:56
>主人公のせかなかに


なるほど、新しい

32 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 21:39:17
蟹視点ってただ主人公が蟹なだけじゃ……あ、これは言わない方が良かったか?

33 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 22:21:03
>○○の背中に張られた「馬鹿」と書かれた紙を見て、周囲の人々は笑っていた。
>しかし○○はその理由に気付かず云々


これって書き方にもよるけど、三人称一元視点でもありえるんじゃないの?

34 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/02(火) 22:42:50
酒をかけられて酔っ払うと真っ直ぐ歩けるカニよ!!!!

35 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/03(水) 01:57:16
みなさん、神視点というものを誤解していますね。

とりあえず、三人称の小説は、物語に登場しない者の視点だということはわかりますよね。
だから、このスレッドで神視点といって例文を書かれている方は、みな、ただの三人称の小説にすぎません。
誰の心情を書いてもいいのが三人称の小説であり、それは神視点とは別ものなのです。

で、三人称の小説で、どの視点で書くか、なのですが、三種類くらいあります。
この中に神視点というものがあります。
・作者視点
・語り手視点
・神視点

最初の作者視点というのは、普通の三人称の小説だと思っていいです。
二番目の語り手視点というのは、著者が何者かを設定して、それに語らせるというやり方です。
そして、肝心の神視点。これは客観的視点をもって書き記すやり方です。
説明が面倒なので、以下のサイトを御覧ください。
神の視点というところだけ。ほかは主観の混じったいい加減なとこもあるので。
http://www.feel-stylia.com/rc/creative/2006/10/post_43.html

それから、一元視点または一視点というのは、たんに対象を登場人物一人に限定して書くだけにすぎません。
「書くだけにすぎない」ということに注目してください。
つまり著者として、すべての登場人物の内面や心情は見えています。当然ですよね。創造主なのですから。
しかし、すべてを書かない。
ここに、三人称一元視点(一視点)の有効性、効果というものがあるのです。

36 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/03(水) 02:00:59
あなたもかなり誤解されているようですね

37 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/03(水) 02:04:33
いえ、誤解はしてませんよ。

38 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/03(水) 02:07:19
ちなみに補足しますと、>>35はきわめてわかりやすく書いたのです。
余計なことを書いてしまうと、わからなくなるばかりですから。
もし納得いかないところがあれば説明を致しますので、おっしゃってください。

39 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/03(水) 02:20:52
きわめてわかりやすく書くとさ、あなたの見解は物語の創造主としての
作者の見通しと、視点とがごっちゃになっている

40 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/03(水) 02:29:39
「ごっちゃ」ではないですね。
小説を文章として起こす前に、プロットというものがありますよね?
紙に書いても、頭の中にあったとしてもいいですが。
それを基に、視点をどうするか、なのですから、ぜんぜん問題はありません。

よく、一人称で書くか、三人称で書くか、を最初に決める方がいますが、
これは得策とはいえません。
作りあげた物語、もしくは出来上がるだろう物語を見通し、
そのうえで、どちらがより効果的かを判断して決定すべきものなんです。

見通しと視点がごっちゃになっているのではなく、
当然リンクするものとして考えています。

41 ::2007/01/03(水) 02:39:50
>>38
>>39
色々教えてください。

自分は元々三人称で書き初め、章によっては一人称で書いたりして、でもうまく書けているか分からず、
応募しても落ちました。
それでこの前、全編一人称で書き通したものを、また応募したのですが、でも主人公が「私」で語っていくので、
友人たちの心情は書けず、友人たちしかいない場面も書けませんでした。
そこで次の執筆として、主人公を脇役にし、友人たちをメインにした三人称で描きなおしてみようかと
思ったのですが、友人たちの中の一人に視点を固定するのか、それとも神視点と言われるものなのか、
いっそのことペットで蟹を飼ってることにして蟹視点で描こうかと迷ってます。
でも「我輩は蟹である。名前はまだない」で始めてしまうと一人称になるので、三人称にするには
「蟹のカーちゃんはA子ちゃんが泣いているのを水槽から眺めていた」などと書けばいいわけですよね?
でも蟹視点で固定した場合、そうなると蟹の心情しか書けず、B子ちゃんやC子ちゃんの心情も書けません。

そこでB子やC子の心情も描くには、1章が蟹視点、2章がB子、3章がC子視点で固定すればいいのですが、
そういう場合は「一元描写」と言うのでしょうか? 多分「一元描写の章が3つ並んでいる」な気がしますが(自信ない)、
「視点固定の三人称で、一元描写の章を、三つ並べて全体を提示している」ということでしょうか?

神視点の場合は章分けをしなくても、同時進行で、蟹の心情、A子B子の心情を同じシーンで書きまくっていいと
いうことですか? そういう場合は>>13>>19みたいな感じですか?

42 ::2007/01/03(水) 02:49:49
こいうことかな…
1)視点固定の三人称で一元描写したものを、章分けして並べたもの   →  連作短編みたいな(?)
2)視点固定の三人称を、章分けせずに、段落を変えるだけで書き連ねるもの → 多元描写

43 ::2007/01/03(水) 02:54:21
何が分からないのか(分かってないことがどの程度残ってるのか)が分からないけど
少なくとも、2)と神視点の区別が分かりません。
多元描写=神視点みたいに、=でいいのか、いや≒なのか、≠なのか…。

44 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/03(水) 03:20:45
多元描写(多視点)は考えないほうがいいでしょう。
難易度が高すぎます。

まずふつうに三人称で書けばいいと思います。まぁそれを神視点と考えてもいいでしょう。
その後、慣れてきたら、登場人物の一人に視点を寄せて、三人称一視点の小説を書いてみる。
そしたら、だんだんと、その違い、その特色がわかってくると思います。
大作を書くのはまだ早いような気がしますね。数をこなしてください。

45 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/03(水) 03:34:14
>>41
まずは、なにを書きたいのか、どう見せることによって最大限の効果を得ることができるのか、
それを考えていけばおのずとどの人称体を用いるかが決定される(だからこの点は>>40氏に同意)。
一人称で書いていて、友人の心情を頻繁に描写しなければならないとしたらそれは視点の選択間違い。
三人称で章ごとに視点かえていくのが一番だと思うけどね。

神視点について言えば、登場人物すべての心情に自由に入り込むか、一切立ち入らないか、このどちらかに
しないとただの視点の混乱、読者の混乱になるだけ。自由間接話法なんかも同様。なんにしてもお薦めしない。
あと、俺としては神視点と多元描写をイコールにはしない。

46 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/03(水) 10:07:47
主人公をエスパーに。。。

47 ::2007/01/05(金) 07:41:57
みなさん、ありがとうございます。

多分、三人称で書いてるとき、その人物に視点を固定することと、本当は神視点なのだけど
その人物をメインにすえて書いてますよという流れで読ませていくことの違いで悩んでた気が…。
大は小を兼ねるけど(神が一人に目をかけるが大)、いくら大であっても、読者が小だと思って
読んでるときに、パッと「あ、大か…」と思われてしまうと、そこで没頭して読むリズムが壊れて、
壊れたと感じさせてしまうと、書き方が下手ということになるのかと。
そうなると「神視点で書くのなら、あまり特定の人物を贔屓しないようにしろ」という注意でしょうか。
少しなら贔屓してもいいけど、強くやりつづけると視点固定だと思われてしまい、その後で視点が固定
されてない描写が飛び込んでくると、何だこの下手糞作家となるのでしょうか?

48 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/05(金) 10:13:49
とりあえず書いた奴、抜粋して投下してみな。


49 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/05(金) 10:21:21
神視点のいいお手本であるやつを読むといいよ
漫画をノベルスにしたやつとか台本とか?

50 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/08(月) 22:08:44
おれは村上春樹の 僕調 で書くのが好きだ。
これで僕、以外の心理描写を描くのはテクが必要。
テクさえあれば描けないことはない。
彼の、アフターダークは面白いが、あれをやるとただのパクリになるので無理。
三人称と神との違いは難しい。


51 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/08(月) 22:15:11
下記書籍に視点解説がマンガでわかりやすく描かれている。
http://item.rakuten.co.jp/book/3662252/


52 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/08(月) 22:16:05
>>51

第6章 “視点”を極めろ!



53 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/08(月) 23:22:42
桃太郎は、犬を家来にしようと思ったので、きび団子をあげた。

A 犬は美味しそうに食べ、尻尾を振って桃太郎について来た。
B 犬はこんなに美味しいきび団子は食べた事がなく、桃太郎のお供になろうと決心した。

54 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/09(火) 12:07:34
山の頂上で邪悪な気配がする
王さまに命じられて、頂上へ探索に行くことになった勇者(主人公)
城門に行くと、王さまが呼び寄せた6人のお供
戦士、僧侶、魔法使い、盗賊、狩人・・・一人足りない
次の町の宿で待っているとの事
勇者はこの中から3人選び次の町に進むことにした(あとの2人は別行動)

ここで組んだパーティによって、この後のシナリオが変わったり、
次の町で待っているもうひとりのキャラが変わる。

流れとしては
スタート→ダンジョン→町(休憩所)→ダンジョン→休憩所→ダンジョン・・・休憩所→山の頂上
休憩所でシナリオに沿ったイベントが起きたり、パーティの入れ替えができる

55 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/09(火) 14:37:15
島荘の「斜め屋敷の犯罪」も石岡(=視点者)登場前は、
神視点で語られていて、その後石岡視点に移行することもあって、
今読むと、めちゃくちゃ違和感を感じるな。
その後の島荘作品だと、石岡の目が届かない場面は、
他の誰かの視点であったり伝聞書きであったり、一応の統一が見られるのだが…。

56 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/09(火) 18:20:32
筒井康孝のロートレック荘殺人事件は神視点になるのかな。
ネタにはなるだろうから、図書館にでも行って
映像化不可能と言われる所以を一度ご照覧あれ〜>1

57 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/09(火) 18:24:13
どうしてロートレックが神視点なんだか、さっぱり分かりません。

58 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/09(火) 21:36:31
何人称だと思って読んだんだろうな。
もしかして、二人称?ってそりゃ意味が違う。


59 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/09(火) 21:44:58
あれは一人称の視点切り替えという荒技でミスリードを誘う、反則すれすれのミステリでしたね。

60 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/09(火) 23:50:47
よく解らないのだけれども、何故神視点が感情移入できないんだろう?
映画だって見て興奮するじゃない。また登場人物に自分をダブらせるなんて事あるのか?
AVだってハメ撮りよりも盗撮ものの方が興奮するケースだってあるし。
とにもかくにも日本人は先入観や規則がすきだから表現の文化は衰退していくんじゃ?
未だに起承転結が云々言ってる人多いし。

61 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/10(水) 00:38:21
感情移入しにくい神視点もある。

62 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/10(水) 01:07:23
映画は神の視点ではないと思うぞ。
(神の視点のものもあるが)

盗撮物も神の視点ではない

63 :名無し物書き@推敲中?:2007/01/10(水) 03:20:38
神視点で撮ったAVはつまんない
神が興奮してないから


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